夏の終わりに、光岳に行った。 光岳も「てかり」と読むのだそうだが、これも読みにくい名前の易老渡(いろうど)から易老岳を経由して登った。昔聞いたような名前だと思っていたが、漢文で習った少年老い易くの易老だと思い出した。
原文はこうである。
少年易老学難成 一寸光陰不可軽 未覚池塘春草夢 階前梧葉已秋声 少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢 階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声
若い頃に勉強しないとすぐに年を取ってしまうよという意味で、朱子学を作った朱子の作とされる。儒教の一派だが、忠君思想が強く徳川幕府や戦前の日本の思想にも大きく影響した。
と思っていたのだが、最近の研究では朱子の作ではなく、室町の頃の日本の禅僧の作らしい。明治になって漢文の教科書に朱子の作として掲載されたので、ほとんどの日本人はそうだと思い込んできたとウィキペディアに載っている。この詩の前半部分はストイックで、時代で言えば明治期から戦前にかけてや敗戦直後の日本、年齢で言えば中・高校生の精神状況に合ったのであろうか、人口に膾炙している。多くの人の覚えているのもこの前半部分だけではないだろうか。後半部分は、朱子の厳しいイメージとは異なる。学舎から外を眺める老いぼれた教師の心境を詠んだごとくである。前半と後半をつなげると、少年にもっと勉強しろと小言を言っている厳しい教師の詠んだ歌ではなく、少年の頃に勉強しておけば今頃一流の学者になれたかも知れないのに、いつまでも若い気でいたらいつの間にか老いてしまったなあ!という老人の嘆きの歌になる。朱子の作というより、禅僧が作ったというほうがぴったりする。
ひるがえってわが身はどうか。 百名山などいつでも行けると沢登りや初歩の岩登りに熱中していたら、いつの間にか体が思うように動かなくなり、百名山も危なくなってきている。この禅僧と違って、いつまでも若いつもりではないのだが、若い人について行くのは毎年大変になっている。 しかしそれは当然のことで、高谷池ヒュッテのホームページを見ていたら、笹ヶ峰登山道入り口から、火打山に登り、ヒュッテに着く標準所要時間は、30歳までで4時間45分、40歳までで5時間35分、50歳までで6時間35分、50歳以上は8時間10分とある。60歳を超えるとそもそも所要時間などない。 人老い易く、岳登りがたしである。
いつもご登場いただくヤマユリさんはどうかというと、年は私と余り変わらないのだが、雪山に、スキーにと冬も元気である。今年はまた海外遠征を考えているらしい。ひょっとしたら漢文の授業をとらなかったのではないかと思うくらい、易老からは程遠く、池塘春草の夢 の中におられるのである。 | |