大宮アルパインクラブ

出発日  クライミングで痛めた背中は、保険の効かない整骨院に3回通って一ヶ月を過ぎた今も治る兆しはない。
仕事が早く終わらず大宮駅出発を
12時にしてもらい車から仕事の道具を降ろし入浴と食事を急ぐ。交番前で村上さ
んと菅野さんを乗せて
高速に入ると早くも渋滞でブレーキを踏む。痛みに姿勢を変えたりストレッチを試すが効果なし。
沢渡駐車場に4時に到着、シートを倒し仰向けになって漸く痛みから解放される。

5時30分、車から出てトイレに向かい歩くと石倉さんたちと遭遇。9人乗りのタクシーに10人乗られて一人頭700
で抑えられた。座席のなかった菅野さんごめんなさい。

1日目  上高地に入ると怪しげな雲行き、500円で傘を買い暫らく歩くと雨になった。 涸沢に向かう大竹班と
横尾で別れる。テント設営中だけ止んでくれた雨も、昼食後昼寝から
覚めた後も降り続ける。T4尾根取付の下見
に出発。梓川支流を素足で渡渉するが、あまりの
冷たさに途中で挫けそうになる。止まったら足の細胞が凍ってしまう
恐怖に押されて何とか
向こう岸に辿り着くが、帰りの渡渉を思うと憂鬱な気分になる。歩くこと1時間10分、T4尾根
取付到着。雨の為、全景確認できずテント場に戻る。帰りの渡渉で尾てい骨を打ち、
腰も痛める。[明朝は明るくなって
から起きよう、このぶんじゃ岩も乾かないから。」
村上さんの決断に停滞する覚悟を決めてねむりにつく。
2日目  朝3時前、村上さんに起こされもそもそと出発の準備をする。420分出発、憂鬱な渡渉の向こう岸に先行
パーティー発見、一番乗りではないらしい。
530分取付到着、もう既に渋滞中。「本当にこんな所登れるの?」T
尾根から初めて屏風岩の全景を見上げる。
圧倒される迫力だ。アルパインクライミング本チャンデビュー、菅野さんと村
上さんが交代で
リードして登っていく。扇岩テラスからはアブミを使っての人工登攀になる。テープラダー式は足を入れ
やすいが、足が入りやすい。人工からフリーに切り替えの際ホールドとスタンスを確認
し、いざ立ち上がって次のホール
ドを掴もうとした瞬間、いきなり動きが止まる。いつの間にか
アブミの中に足を踏み入れてしまっていたのだ。腰を下げ
てアブミから足を抜こうとするが、ビレイのロープが張っていて腰を下ろせない。何とか外せたと思ったら今度はホール
ドの皿が剥がれてしまってテンション。おそらくジタバタともがいていたせいもあったのだろう。「ごぼうで登ってきて」
と村上さんの声、「ごぼうってなんだっけ?」。とりあえずそこからフリーで登って村上さんの元に辿り着く。人工から
アブミに移る際の注意点を一つ学んだ。本番前に一回練習しとけばよかった。それからもルートファインディングの難し
さ、フリーから
A0、A1に切り替える安全第一の判断力と柔軟性、支点作りの確実性とスピード、落石に対する注意力
と同行者の実力から割り出す
時間の計算力、登攀技術以外に学ぶべき事一つ一つが、同等の重要性を持つと改めて思い知
る。
それはともかく今日は快晴、1ピッチ毎に喉が緊張で渇く。スラブの岩は濡れている。171分最終ピッチ終了、
藪漕ぎの急登を屏風の頭へ、かなりしんどい。途中に生えている
ブルーベリーの実を摘んで口に入れれば、のどの渇きと
疲れがいくらか和らぐ。藪漕ぎが終わり、
ピークから涸沢が見えたとき、人工の明かりに向かって歩けるのが嬉しくな
る。あと
10分で小屋に着くかというところで突然エネルギーが切れた。飲む水も切れた。菅野さんからは梅を、村上さん
からはマドレーヌをいただき口に入れる。美味しい。エネルギーが再び体内に拡がって
元気を取り戻し歩き出す。
ヒュッテ
20時到着、小暮さんと正田さんが出迎えてくれた。ありがたい。3人で硬く握手を交わしたあと、菅野さんが
疲れた体に鞭を打って小屋の自動販売機からビールを買ってきてくれた。しかも私の好きなキリンラガー、「乾杯
!!
物凄く美味しい。
小暮さんと正田さんが焼酎とつまみをわざわざ持ってきてくれた。リーダーの重責から解放された村上
さんは、嬉しそうに焼酎をあおる。普段そんなに飲まないからいっきに酔いが回って、テント場へ向かう足取りがあぶな
っかしい。小暮さんと正田さんにも手伝ってもらいテントを設営する。
ありがとうございました。テントに入るとすぐに
村上さんは寝てしまった。菅野さんと私は夕食の用意をするが疲れすぎで食欲がわかない。屏風岩でお腹いっぱいになっ
た私は、明日は下山だけで
ゆっくりすることを提案、「じゃあ、そうしようか。」と村上さん、「はい。」と菅野さん。

今夜は満天の星空、流れ星も見放題。これなら明日も晴れそうだ。

「ああ、今日は思いっきり寝よう、おやすみなさい。」これは私。
3
日目
 そっと耳元に村上さんが優しくささやく。「福原君、体調どう?背中は大丈夫?」 半分寝ながら答える。
「起きてみないとわからないけど、たぶん大丈夫です。」下山を心配しているのだろうか?「考えたんだけど、やっ
ぱりもったいないから空身で北尾根行こうと思うんだけど、
 どうかな?」と控えめに、そして背中のマッサージを
してくれる村上さん。「いいですよ、あとは
天気次第ですよね。」と他人事のように答える私。「じゃあ行こう!起き
よう、外は星空だ
!!時刻は230分、爽やかな朝が始まる。そして朝食をとるが食べ過ぎでお腹が苦しい、軽くし
てこなくっちゃ。
4時過ぎ出発、村上さんが先頭を歩く。ヘッドランプの明かりがいくつか見える。「先行パーティー
を全て抜こう。」追いつくとすぐ後ろに付いて無言のプレスをかける村上さん。
気が付けば我々の前を歩くパーティー
はいなくなり、北尾根直登ルートの前でロープを出す。
「昨日はやらせて上げられなかったから、今日は福原君にリー
ドをしてもらおう、簡単だから。」
と村上さん。昨日の屏風でお腹いっぱいで消化試合気分だった私はマッタリモード
からワクワク
モードに切り替わる。本当に簡単だったので「あっ」という間に終了点に着いたものの、支点作りから
メインロープでのセルフ、後続のビレイの上下関係、自信を持って「登ってきて良いよ。」の
合図を出すのに時間がか
かり過ぎる。これじゃあ、昨日のリードは無理だったなと反省する。
とは言えやっぱりリードはおもしろい。素晴らし
い北アルプスの山々の景色に囲まれて気分は
最高!登ってきてよかった!連れてきてくれてありがとう!!ロープを出し
たのはそこだけ、あとは前穂頂上までフリーソロで登る。頂上到着、
3人そろって記念写真を撮った後、2人はお昼寝
タイム。
私は背中の痛みがひどく、いろいろストレッチを試みるが、あまりよろしくない。菅野さんと村上さんが交代
でロープを持ってくれて奥穂に向かう、一般道じゃない尾根上を。「これぞクライマー!」
と言っていた村上さんも昨
日の疲れが残っているらしく、奥穂の頂上に着くと下りの道は走らず
降りようと言ってくれた。「菅野君だと走って降
りちゃうから福原君先頭で行って。」とまで言ってくれたので安心した私は、ちょっと早歩き程度で降りていく。晴天
のお盆休みのザイテングラート
、団体登山者はぞーろぞろ。渋滞にはまった、と思ったら後ろからカモシカが道から
逸れてぴょーんぴょーんと岩から岩へと跳び下りて行く。しかもカモシカはついて来いと私に合図を送ってくる
。「も
う走らないよ。」と言われてまた先頭を歩くがまた団体さん、後ろからカモシカが跳ぶ、必死
で追いかける私。
「もう走らないよ。」もう信じないで涸沢小屋まで必死で駆け下りた私に村上カモシカが一言、「福原君、飛ばしすぎ
だよー。」両足の親指の皮と膝も泣いていた。菅野さんはマイペースをキープして到着。涸沢小屋でコーラを買って蓋
を開けずゆっくりとテント場へ辿り着く。
乾杯の為蓋を開けると、村上さんのコーラから泡が吹いていた。ゆっくりだ
らりと下山の準備。
村上さんと菅野さんがテントを撤収してくれている傍でブヨに刺された右腕から黄色い液体が出な
くなるまでおもいっきりつねって搾り出す、効果あり。皮が怪しい両足の親指近辺のテーピングを
菅野さんから分けて
もらい、ホッとする。いよいよ長い下山、背中のザックが重い。
暫らく大人しくしていた村上さん、ふと後ろを振り返
る。「ちょっとおそくない?」それに答える私
、「ちょうどいいです。」先を歩いている団体さんを見て菅野さん、
「あれが普通の登山者のスピードだね。」結局スピードを上げて抜くたびペースも早くなっていく。気が付けば、屏風
の全景が見える
所まで下りてきていた。「よく登ったなー。」暫らくボーっと眺める、背中が痛い。さあ、上高地まで
もう一頑張りだ。横尾で休憩して歩き出すと、「このぺーすを維持できればバスターミナルまで
2時間で着きますよ。」
と私、「じゃあこれで行きましょう。」と菅野さん。少しずつ早くなって競歩
ペースになったところで村上さん、「こ
んなに早く歩かなくてもいいんじゃないの?」ホッとした私が「じゃあ、やめます?」と尋ねると、それを逆に挑戦と
受け取ったのかロケットエンジンに点火、
はるか彼方に飛んでいってしまった。これもトレーニングと必死に追いかけ
るが、肩に食い込むザックが背中もいじめる。バスターミナルに着いたら絶対にコーラを飲むことを励みに頑張ってき
私の目の前でシャッターが静かに降ろされていく。背負っていたザックも静かに降ろす。

身体が宙に浮かんでいるかのようだ。村上さん発見、1時間半で到着してジュースも飲めたそうだ。

早く沢渡に下りたい、菅野さんがマイペースを維持して到着。観光客3人組と相乗りでタクシーバスの後部座席に座る、
汗のにおいが前席に届いてなきゃいいけど。駐車場到着、いつもの竜島温泉に向かう。タクシーの運転手が
20時と言
っていた閉店時間が
22時だとわかり喜ぶ3人、食事と休憩に余裕ができた。関越自動車道が渋滞、中央道は空いていた
らしい。
2人を家まで送り、自宅に着いた頃には3時半を回っていた。前日2時半に起きて25時間の行動時間。アルパ
インクライミングはハードだ。なんにしてもたいした怪我もせず、事故にも会わず、無事に生きて帰ってこれて本当に
良かった。何とか背中ももってくれた、暫らくは休養をとろう。

村上さんありがとうございました、お疲れ様でした。

菅野さんありがとうございました、お疲れ様でした。

今回の山行で感じたのは、ボルダリングで必要なのは登りの技術、

フリーで必要なのは技術と筋力と体力、アルパインはそれに天気と運と何よりも全てにおいて

のスピードが加わるということ、それだけに達成感も格別だということ。

今はまだお腹いっぱい、しばらくは食休み、また小腹が空くまでは。                福原