Omiya Alpine Club
山行報告
DATA CONTENTS
日付 2010/7/16(金)夜発〜22 (木)   5泊6日
宿泊 千枚小屋、百間洞小屋、茶臼小屋(連泊)
天気 晴れ
メンバー コアラちゃん、洞谷さん、yamayuri
歩行時間 レポート参照
アクセス 戸田 〜首都高〜東名自動車道〜清水IC
Report by 【yamayuri】
7/16(金)
夜 出発 東京IC11:20〜東名清水IC2:00〜畑薙第1ダム4:30 沼平ゲートP
7/17(土)
畑薙第1ダム ゲートP〜6:00東海フォレストバス〜(1時間)〜椹島ロッジ(1120m)出発7:30〜滝見橋8:00〜急登(1時間)〜送電鉄塔9:00〜清水平(1870m)11:40〜見晴台1:00〜蕨段(2073m)〜千枚小屋3:10     行動時間 約7時間40分
東海フォレスト送迎バス 3000を支払うが小屋の宿泊料金が3000円差し引きになる 0547-46-4717 千枚小屋宿泊料金 4,500
7/18(日)
3:00過ぎ起床〜千枚小屋出発4:15〜千枚岳(2879.8m) 5:10〜 丸山6:10〜荒川東岳(3141m)6:50〜中岳避難小屋(3083.2m) 8:15〜荒川小屋10:15〜小赤石岳の肩12:36〜赤石岳(3120.1m)1:52〜避難小屋2:30〜馬の背〜百間平4:05〜百間洞山の家5:00(泊)
百間洞山の家宿泊 5,000    行動12時間30分時間 (赤石岳でゆっくり時間を過ごした。避難小屋に泊まらず百間洞小屋まで足を伸ばした。)
7/19(月)(祭)
起床4:30〜百間洞山の家5:10〜大斜面下コル6:05〜小兎岳(2738)〜兎岳(2818)8:30〜聖兎のコル10:20〜10:40(小休止)〜急坂登り〜前聖岳(3013)11:00〜奥聖岳11:35〜聖平小屋 2:00
Tel 054-260-2211 8000円   ※百間洞山の家〜聖岳  6時間  聖岳〜聖平小屋  約3時間
行動時間 9時間
7/20(火)
聖平小屋6:09〜岩頭(2561)〜南岳(2702)8:00〜(1時間20分)〜上河内岳(かみこうちだけ)(2803)9:05〜9:30〜奇岩竹内門〜茶臼岳(2604)11:45〜12:15〜茶臼小屋泊13:00  7,000円   行動時間 7時間(茶臼岳頂上でキノコソースのペンネ)
7/21(水)
茶臼小屋出発3:40〜茶臼岳4:22〜希望峰5:30〜易老岳(いろうだけ)(2354)6:30〜携帯が通じる所7:07〜水場8:30〜木道8:40〜光岳(てかりだけ)(2591.1)9:28〜光石9:32〜10:20〜イザルケ岳11:22〜茶臼小屋15:44 6,000円 ※寝袋持参  茶臼小屋泊 8000円 Tel 054-260-2211      行動時間 約9時間
7/22(木)
茶臼小屋6:00〜樺段〜横窪沢小屋8:12〜横窪峠8:23〜ウソッコ沢小屋9:30〜ヤレヤレ峠10:33〜畑薙大吊橋11:30〜畑薙ダム13:01〜静鉄バス12:25〜静岡駅17:50〜新幹線ひかり18:25〜東京駅〜帰宅      行動時間 約5時間    畑薙第一ダム〜静岡  静鉄バス南アルプス登山線   3000円
≪連絡先≫
東海フォレスト送迎バス  0547-46-4717
静鉄バス 南アルプス登山線  054-345-3444
千枚小屋 0547-46-4717    宿泊料金8000 (素泊まり5000円)
赤石小屋 0547-46-4717
井川観光協会  054-260-2211
聖平小屋     宿泊料金8000 (素泊まり5000円)
茶臼小屋  054-260-2211 宿泊料金8000 (素泊まり5000円)
宿泊/交通費
合計32,500 +バス 3,000+3,000+新幹線 5670円(乗車券:3260円, 特急券等:2410円) =44,170
平成22年7月17日(土)
戸田10:00出発、首都高、東名ともに渋滞にはまってしまい、東名清水ICを下りた時は午前2時だった。カーナビの指示通りに走ったらなぜか寸又峡を通過して遠回りして畑薙ダム駐車場に着いた時には、すでに明るくなって4時30分を過ぎていた。正規ルートは、静岡ICで下りて、R27~富士見峠を通り井川ダム、井川を目指し、県道189畑薙湖、畑薙第1ダムを目的地とする。
駐車場には、すでに多くの車が止まっていたので驚いた。1時間ぐらい仮眠をして6時の臨時便のバスに乗ることが出来た。東海フォレストのバスは、椹島小屋、千枚小屋、茶臼小屋などに宿泊しないとバスに乗車できない。バス料金は3,000円だが小屋の宿泊代から差し引かれる。
りっぱな井川社有林内の旧クラブハウスの建物や椹島ロッジを7時30分出発。東海バルブ(株)の創業者、大倉喜八郎こと大倉財閥の創立者がこの地から派生していることを知った。井川社有林内に自生するサワラは斧が折れるほど堅く耐久性に優れているそうだ。林業の最盛期には、総勢800人近い人たちが働いていたと時代もあったことは興味深い話だった。
鉄橋の滝見橋の脇が登山道入り口になる。まずは、気持ち良く吊橋を渡り、樹林帯の中の山道をひたすら登っていく。清水平という沢の水場に出るが名前のように平地が開けているのではなく、樹林帯の中に冷たい沢水が流れていた。小休止してさらにゆっくりと登っていくが昨夜の寝不足もあって・・・足がただ前に運んでいるだけで頭は、寝不足でボ〜としていた。千枚小屋には3時過ぎに到着、受付を済ませ4時30分の夕食前に無事到着を祝った。千枚小屋には牛乳を売っていたので嬉しかった。ふっと、気がつくと “富士山”がそびえていた。
7月18日(日)
山の起床は、夜明け前、3時過ぎには、皆ゴソゴソと起き始める。昨夜は、完熟睡よ〜く寝ました。朝からトラブル発生、「ヘッドライトがつかない!」来る前に電池交換したのだが、電池をいれっぱなしにしていたので漏電していた。日頃の山用品の管理に問題あり!自己反省!ライトが使えないというのは、問題であった。それでも、どうにか手入れをしてライトがつくようになったので良かった。富士山の姿が、影絵のように黒く浮き出ていた。4時15分出発、まだ暗かったがすぐに空を朱色に染ながら夜が明けてきた。荒川岳は朝日のモルゲンロートを浴びて輝いていた。朝の爽やかな空気を吸い気持ち良く稜線を歩き千枚岳に登った。やっぱり、稜線歩きは縦走ならでは!・・・なんと気持ちの良いことか〜
丸山〜荒川東岳〜中岳とお花畑の縦走路、夏山一番のコイワカガミを始め、ショウジョウバカマ、ミヤマキンポウゲ、いろいろな花が咲き揃っていたが、花の写真をゆっくり撮るまもなく足を進めた。凛々しき富士山の姿は、いつでも視中だった。
コアラちゃんとホラホラさんは、今回、2泊3日の行程で赤石岳を登頂後、赤石小屋に下りて宿泊。yamayuriは、頑張って赤石岳〜聖岳〜光岳4名峰を目指していたので、赤石岳でお別れだった。赤石岳登頂後は、赤石岳避難小屋泊の予定だった。小屋泊まりとなれば、シュラフ、クッキングセット、食料、そして何と言っても“水”・・・なるべく軽量化に努めて約12~13kgだったと思う。軽い足取りのコアラちゃんとホラホラさんに先に行ってもらうことにして、時間に余裕のあるyanayuriは、我が道を心地よく歩いた。小屋への分岐点で、荷物をおいて赤石岳を登頂したコアラちゃんとホラホラさんが下りてきた。午後1時15分、小屋へと下る彼らを見送ってお別れ。yamayuriは、赤石岳登頂を目指1時50分、登頂。山頂は、ガスが出始めていた。山頂から見える避難小屋に2時頃到着、「明日は聖岳に行く」と言うと、小屋のおじさんが、「まだ、時間があるから、それなら百間洞小屋まで行ったほうが良い」と勧めてくれた。
避難小屋を出た時は、午後2時30分だった。小屋のおじさんが「百間洞の夕食はカツだから」と教えてくれた。先のほうに、5人のグループが歩いていたので安心だった。4時半を過ぎに小屋に到着、宿泊手続きを済ました。「お楽しみの夕食」は、4時までに到着しなかったので夕食は出ないと断られた・・・ショック! とは言え、避難小屋に泊まる予定だったし、食料もあったので問題はなかったが ”カツ” がとりわけ美味しそうに思えた。山小屋は、結構混んでいた。今日も無事に一日過したことに感謝して眠りについた。
7月19日(月)
今日は、聖岳(3013m)を目指した。17日に山入りして以来、ず〜と毎日が快晴。朝自炊をして、朝食を済ませ5時10分に出発した。稜線に出るまでのゆっくり1時間登りコルに出た。アップダウンをくり返し兎岳を快調に登った。兎岳から聖岳の全容を見の前に見る。前聖岳から奥聖岳へと山頂が長くなかなか立派な山だった。
聖の石は、赤い色をしていた・・・後日、ラジオラリア(真っ赤な岩)酸化鉄の鉱石であることを知る。
前聖岳の急登はザレているので、靴底が小石の表面に吸着するかのように滑らないように一歩一歩登って行った。「聖岳は登ったり下ったり大変!」と聞いていたので構えていた。登りあがったところが、前聖岳、聖岳(3013m)の最高峰に11時に着いた時は、「え?もうここ?」とちょっと拍子抜けした気分になった。頂上で一緒になった松本のグループの人達と一緒に奥聖岳に行った。富士山に取り巻く雲は、夏の入道雲だった。360度の眺望は、中央アルプスから木曽御嶽など一巡り見ることができた。
聖岳から聖小屋へは、砂礫の斜面を下るので滑りやすく歩きにくかったので気をつけて歩いた。下り2時間だったが薊畑に出るまで結構長く感じた。聖平小屋周辺には、立ち枯れて白木になった木々の間に木道が渡されている。聖平小屋に午後2時到着。夕食までの間、松本のグループの人達と和気あいあいと懇親を深めた。小屋の近くに、りっぱなツノを持った日本カモシカが逃げることもなくいた。
7月20日(火)
山行計画では、聖小屋から光岳小屋まで、一気に行く予定だったが、「光岳小屋は、3時までに到着しなければ、夕食はでない」と聞いたので、その為に、無理をして急いで歩くのも嫌だと思い、茶臼小屋に泊まることにした。久しぶりに、ゆっくりと4時30分に起きて、自炊をして朝食を食べ、6時に聖岳小屋を出発した。小屋の宿泊者はすでに早く出発したので上河内岳に登るまで、山道で登山者の姿を見なかった。
上河内岳(2803m)どこからも富士山は見え、歩いてきた荒川三山、赤石岳、聖岳の山々を一望し、山の軌跡を辿ってみた。りっぱな風格のある恵那山が堂々と浮き出ていた。今日は余裕の時間がたっぷりあったので茶臼岳(2604m)の頂上で、キノコソースのペンネに牛乳を入れて美味しいランチを頂いた。
茶臼小屋に1時に到着した。小屋のおじさんが、「皆、光岳まで荷物を置いて空身でピストンで登っているよ」と言っていたので、検討することにした。
午後になって、単独の女性が小屋に到着した。彼女は、百間洞から茶臼小屋へと長い行程を頑張ったが、途中ガスがかかり「心細かった。」と言っていた。Hikoさんと明日は、一緒に光岳ピストンをすることにした。
7月21日(水)
早朝3時15分、他の人がかけた目覚ましで目が覚めた。光岳ピストンは若いカップルとhikoさんとyamayuriの2人の4名だった。ヘッドライトをつけて3時40分出発した。茶臼岳に登る頃には、朝焼けが空を朱色に染め始めた。易老岳(いろうだけ)の分岐6時30分。長野県側から光岳を登るときは、このルートを登って来るそうだ。光岳の山道は、稜線歩きではなく、山合いを通り抜けるように歩き視界もあまり良くない。最後は涸れている沢筋を直登する様に登って行った。空身なので快調に登って行ったが荷物を持っていたら・・・かなり大変だと思う。光岳の山容は独立峰ではないので、いまいちインパクトのない山だ。それでも光岳の標識はとっても立派だった。光石まで7~10分、下って行った。突如として大岩が目の前に現れた時には驚きを感じた。光石は、可憐な水色のミヤマムラサキ、タカネノバラ、ウスユキソウに彩られた光石を見た時、隠された場所を見つけたような感激だった。光岳小屋を11時に出発、イザルケ丘に登りラッキーなことに雷鳥と遭遇した。11時30分、茶臼小屋への帰路に足をはやめた。茶臼岳に3時45分、遠くに雷の音が聞こえ、雨がポツリと降り始めた。小屋が見え始めた10分ぐらいのところから雨が本格的に降り始め雨に濡れたものの、とりあえず3時45分無事に茶臼小屋に到着。今日一日の行動時間は12時間30分だった。Hikoさんと快調な足取りで歩き、光石を見た時には、あの長い道程も帳消しとなったような気がした。茶臼小屋に連泊、外は大雨だった。
7月22日(木)
雨も上がり爽やかな朝を迎えた。茶臼小屋6時に出発。小屋からは「アザミの歌」がスピーカーから流れ、小屋のおじさんがいつまでも手を振ってくれていた。横窪沢小屋に8時12分到着、ウソッコ沢小屋9時30分通過、4,5カ所の吊り橋を渡り、最後に畑薙大吊橋を渡った。12時過ぎの東海フォレストの送迎バスに乗り、畑薙ダムのゲートで下りた。午後2時15分の静鉄バスに乗り静岡駅まで約3時間バスに揺られた。5時50分、静岡駅に到着。Hikoさんは豊橋へ、yamayuriは東京へ、6時25分の新幹線ひかりに乗車した。6時47分富士山を通過、駅ビルで買ったお弁当を頂いているうちにあっという間に東京駅に到着。8時30分無事に帰宅。
5泊6日 南アルプス縦走4名峰踏破、残る南アルプス塩見岳をこの夏に!

千枚岳 2879.8m

荒川東岳 3141m

赤石岳登頂 3120m

赤石岳登頂 3120m

素晴らしき富士山をいつも見ながら縦走

聖岳 3013m

朝焼けの茶臼岳 2602m  4:22am

りっぱな標識の光岳 2591m

可憐な花に彩られた 光石

光石に咲くブルーの可憐なミヤマムラサキ